気が付くと家の中は緑でいっぱいになっている。
緑というのは植物である。
実家には畑があり、当時は柿・アスパラ・じゃがいも・落花生・小豆など、今は亡きおばあちゃんが作っていた。
それからは父親が夏野菜を植えたり、ぶどうを作ったり、顔に似合わずきれいな花の木を植えたりし、やはりいつでも緑が近くにあった。
当時はその環境が恵まれていたとは露知らず、当たり前に生活をしていた。
それがある時気付いたのである。
2017年春|植物を欲する女
離婚をして1年くらい経った頃だろうか。
ぐっと堪えていた心の糸が切れかけているのに気が付いた。
なぜだか頻繁に散歩に行き、緑や花の写真を撮りまくる。
夜は香りだけでも楽しもうと、また緑や花の多い公園へ繰り出す。
何をするでもなく、芝生に腰を下ろし緑を感じる。
それを何日も何日も繰り替えす私。
病みかけた私が求めたものは、甘いスイーツでも酒でもなく、自然の力だった。
精一杯回復しようと、本能がそうさせていたのだろう。
五感のうちの視覚・嗅覚を使い、幸せだった頃の記憶を呼び起こし、修復作業をしているかのようだった。
修復作業が完了しかけた頃、今度は家の中に緑は花が欲しくなってきた。
家でも癒されたい、きっとそう思ったのだろう。
写真にある植物たちを一気に集め、扶養する日々が始まった。
過保護の代償|可愛い子には旅をさせよ
私は植物たちが可愛くて可愛くて仕方がなかった。
毎朝起きるたびに様子を見て、今日も元気そうだな!あっ、ちょっと大きくなった?新芽が出てきたぞ!そんな些細な事で幸せを感じていた。
この子たちは私が大きくする!幸せにする!大切に育てる!
自分の中で守るべきものが増えた喜びでいっぱいだった。
そんなある日、多肉植物さんたちのお肌のハリがよろしくない事に気が付いた。
もしかして水をあげすぎたのかな?と思い、しばらく水を控えてみた。が、時すでに遅し。
あっという間に葉がポロポロ落ち、自分ではもうどうにもできない状態になった。
私は構い過ぎたのだ。
多肉植物さんの特性を無視し続け、毎日しっかり見ているにもかかわらずSOSに気が付かなかった。
結局は見ているようで見ていなかったのだ。
後悔してももう遅い。多肉植物さんたちは帰ってこない。さようなら。そしてありがとう。
私の生きがい|同環境下でも生き残ったポトス
私の過保護にも見事耐えてくれたポトスさん。
私にはもうこの子しかいない!でももう二度と同じ過ちはおかさない!
(紫陽花はドライフラワーにしました)
きちんと調べてみると、ポトスは初心者でも育てやすい植物とのこと。
あぁ、良かった。もう寂しいお別れをすることはきっとない。
でも心配性の私。リスクヘッジをはかりたい。
緊急オペ開始!
分裂成功!そして調子に乗って水挿しに挑戦。
リスクヘッジになったのかどうかは微妙なところ。
失敗も経験|でも失敗しないのが一番
多肉植物のように、取り返しのつかないようなことをしてしまった場合「失敗も経験」と言えるだろうか。
もちろん失敗を恐れてばかりいては前に進めないし、失敗から学ぶことも多くある。
しかし、できれば失敗はしない方が良いと思うのは私だけだろうか。
今回の反省点は「事前調査を怠った」こと。
きちんと調べていれば水やりの目安を把握・理解できていたはず。
その上で失敗したのなら、その時は「失敗も経験」と言ってもいいのかもしれない。
まとめ
あれから4年ほど経ったが、わが家の植物は増え続けている。
分裂と新入りを迎えて、順調にジャングル化が進んでいる。
私も植物たちを見習い、分裂はできないが、自分らしく成長を続けようと思う。